2013年5月12日日曜日

村上水軍の航海術




先日、日本地図学会(旧日本国際地図学会)さんから、機関誌『地図』vol.50をいただきました。昨年10月、当館で開催された地方大会の報告が掲載され、特別講演を行った矢野均館長の講演録も所収されています。海賊ライブラリーにおいていますので、ぜひご覧ください。

「村上水軍の航海術を教えてほしい。」

そんな問い合わせがたまにあります。しかし、いつもお客さんの納得のいく答えができずにいます。私の勉強不足も否めませんが、一番の原因は、村上水軍の航海術を詳しく記した往時の資料が見当たらないことだと思います。

しかし、手がかりがまったくないわけではありません。

断片的に残っている古文書から、村上水軍の船や海上での戦いのようすが明らかにされつつありますし、また、江戸時代中期に流行した多くの「兵法書」の中にも、「村上水軍の言い伝えをまとめた」とされる海の知識が記されていて、その記述から「想像」を膨らますこともできます。写真の上から3番目は、現在展示中の能島村上家伝来の兵法書『舟戦以律抄』(写真転載不可)で、さまざまな海や船の知識が記されています。

ただ、これらの兵法書は江戸時代に編纂されたものであるので、かならずしも中世海賊衆の実態を伝えているものではない、というのが一般的な見解です。とりわけ軍船の記述になるとその感が強いとも言われています。

一方で、ある研究によれば、兵法書に記された潮流・潮汐の記述はとても詳しく、干満の時刻は二時間程度、潮流の時刻は数分程度の精度で予測されており、すでに大潮、中潮、小潮、長潮という名称を与えて、干満差の大小や潮流の速さも、相対的には把握していたことがわかっています。

このような高度な海の情報は、江戸時代の人々の手によって「村上水軍の知識」として書かれたというよりは、海と緊密にかかわった村上水軍の知識が継承されたと考える方が自然である、という主張も説得力がありますね。

村上水軍が当時、どの程度の海の知識や航海の技術を持っていたか。
わかっているようで、じつはほとんどわかっていないのです。

さて、和船文化の継承を目的として毎年開催されている、宮窪町の夏の風物詩“水軍レース大会”。今年は、7月28日(日)に当館前の特設会場で開催されることになりました。

和船を操ってはじめて、村上水軍の航海術を感じることができるかもしれません。お向いの能島水軍さんの横には、レースで使う復元小早船が姿を現しました。問い合わせは水軍レース大会実行委員会(電話0897-86-2008宮窪町漁協内)まで。ぜひご参加ください!(K)

☆企画展『来島海峡の旧版海図』6月30日まで開催中!
能島村上家伝来の兵法書『舟戦以律抄』は、同企画展で公開しています。